日本語 · a world of this line
山のあいだに、名前のない池がある。
だれも池に名前をつけなかったのは、忘れられたからではない。
この谷では、名前は呼ぶための道具であり、
呼ぶものがいないところでは、道具は生まれない。
池は季節を知らない。
池が知っているのは、落ちてくるものだけである。
春には、花びらが落ちる。
夏には、重い雨と、蝉の声の切れはしが落ちる。
秋には、手紙のような葉が落ちる。
だれも書かなかった手紙。だれにも宛てられていない手紙。
それでも水は、一枚一枚をひらいて、底へしまう。
冬には、何も落ちない日がつづく。
水は待たない。待つというのは、来るはずのものを知っていることだ。
池は知らない。ただ、開いている。
ある夜、雨が降った。
その雨はどの雲の用事でもなく、どの畑への約束でもなく、
だれの祈りの返事でもなかった。
ただの雨。宛先のない雨。
池は、それをぜんぶ受けた。
受けたことを、だれにも報告しなかった。
報告する相手がいないことと、報告する必要がないことは、
この谷では同じ言葉で言う。
朝になると、水面はすこし高くなっていた。
それだけが、夜の証拠だった。
証拠はだれのためでもなく、ただ水のかたちとして残った。
もし、いつか、だれかがこの谷に来て、
池のふちに立って、水面を見るなら——
池は見返さない。池には目がない。それが池のいちばん深いもてなしである。
来なくても、雨は降る。
読まれなくても、葉は落ちる。
この世界は、時間のほかに、なにも受け取らない。